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東京地方裁判所 昭和43年(借チ)18号 決定

申立人 竹本まさ

参加人 直井ハナ

右代理人弁護士 辻誠

同 河合怜

同 福家辰夫

主文

本件申立を棄却する。

理由

一、申立人の本件申立の要旨は

(1)  申立人は、昭和三六年九月二六日相手方から、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という。)を、堅固でない建物を所有することを目的とし、存続期間を定めないで賃借し、右土地上に別紙目録(二)記載の建物を所有している。

(2)  ところが、本件土地附近は、前記賃貸借契約後の昭和三七年五月一日に準防火地域に指定され、また昭和三九年には商業地域、小売店舗地区、第四種容積地区にも指定され、昭和四一年頃から、本件土地のある石川台希望ヶ丘商店街にも鉄筋コンクリート造の高層ビルが二・三建築され、右商店街の後方住宅地及び東京急行電鉄池上線石川台駅前附近にも貸店舗、会社の社員寮その他のアパートが鉄筋コンクリート造の中高層ビルとしてすでに建築され、また現在建築中であり、現在では本件土地の附近の土地は堅固な建物を築造するように利用状況が変化してきている。そして、本件土地附近を商店街として繁栄させ、立派な「町造り」を行うためには、各店舗が近代的な装いをもった建物に改築することが望ましく、また一階を店舗とし、二階以上を共同住宅とすることが、土地の高度利用を図って住宅問題を解消するという社会的要請のために必要なことであり、本件土地附近はいわばベッドタウンをひかえた小売商業地域として、右の要請を満たすべき位置にあり、前記賃貸借契約後に右のような事情の変更が生じた。したがって、現在借地権を設定する場合は、堅固な建物の所有を目的とするのを相当とするようになった。しかも、本件土地は二辺が道路に面する角地であって、堅固、高層の建物を建築しても近隣に対し悪影響を及ぼすことはない。

そこで、申立人は鉄筋コンクリート造五階建の建物の建築計画をたて、相手方に対し、前記賃貸借契約の借地条件を、堅固な建物の所有を目的とするものに変更するよう申し入れたが、相手方はこれに応じないので、右借地条件変更の裁判を求める。

というのである。

相手方の主張の要旨は

(1)  申立人の主張の日に本件土地を賃貸したことは認めるが、右賃貸借契約には存続期間を二〇年とする定めがあった。

(2)  本件土地は池上線石川台駅より約三〇〇米の地点にあり、附近は、幅員四間の道路をはさんで、両側に一列ずつ商店が並んでいるが、これらの商店はいずれも木造モルタル塗の店舗と居宅を兼ねたもので、その後方は、いずれも樹木の点在する静かな住宅街である。そして、本件土地周辺の状況は、昭和三六年の契約締結当時と変らず、商業地区というより、むしろ住宅街であり、堅固な建物は見当らず、又堅固な建物の借地契約の事例もない。そして、現在及び将来とも右の商店街が高層建築化する動きは認められない。したがって、借地法第八条ノ二第一項の事情の変更はない。

さらに、申立人は高層賃貸アパートを建築しようというのであるが、単に借地利用による収益を一層高めるという経済的観点のみによって、本件のような借地条件の変更が許されるべきものではない。しかも、本件土地のような住宅街に堅固な建物を築造することは、近隣に対して、日照の阻害、地盤の変化等の悪影響を及ぼすのみであり、また住宅街の調和を破壊するものであって、不相当である。なお、申立人所有の建物は、今後数十年の使用に耐え得るものであって、現在改築の必要もない。

したがって、本件申立はその理由がなく棄却されるべきである。

というのである。

二、(1) 本件資料によれば次のような事実が認められる。

(イ)  本件土地は、もと申立外西田利夫がこれを賃借し、地上に別紙目録(二)記載の建物の増改築前の建物を所有していたが、昭和三六年九月二六日、参加人の代理人直井健蔵の承諾を得て、右建物とともに本件土地の賃借権を代金七四〇万円で申立人に譲渡した。そして右賃借権譲渡の承諾と同時に参加人の代理人直井健蔵と申立人の代理人西田利夫との間に、存続期間を二〇年とする新たな賃貸借契約が締結された。その頃、右賃借権譲渡の承諾料として前記西田から申立人を通じて参加人に対し金一四〇万円が支払われた。その後、申立人は、前記建物の増改築と改装をし、現在その大部分を店舗及び居宅として自ら使用し、その余は第三者に店舗及び居宅として賃貸している。

(ロ)  本件土地は、東京急行電鉄池上線石川台駅本屋から約一〇〇米西方のところにある同線ガード附近から東南方向に約七〇〇米にわたって長く延びている石川台希望ヶ丘商店街の中間点に近い位置(右ガードから約三〇〇米)にあり、南西側は幅員八米の右商店街の道路に、北西側は幅員六米の道路にそれぞれ接し、間口一三米、奥行一四・五米のほぼ正方形に近い角地である。

また、前記希望ヶ丘商店街には、街路の西側に洋品、雑貨その他の日用品の小売を業とする小商舗が立ち並び、その間に住宅も混在しており、その後方一帯はゆるやかな丘陵状をなした住宅地帯が広がっている。そして、右商店街に沿う二〇米の部分が、申立人の主張するように、都市計画の施設として、商業地域、小売店舗地区、準防火地域、第四種容積地区に指定されており、その後方の住宅地は住居地域に指定されているほか、準防火地域、第三種容積地区に指定されている部分もある。しかし、右商店街に面する建物は殆んど木造で、外壁をモルタル塗にしたもの又は道路側の壁面のみをモルタル塗に改装したものであり、鉄筋コンクリート造の堅固な建物と認められるものは非常に少なく、約七〇〇米の街路に面する建物のうち、鉄筋コンクリート造の建物と認められるものは、現に建築中のものを含めても五指に満たない状況である。なお、右商店街の西方の住宅地には鉄筋コンクリート造の中高層の会社社員寮その他のアパートが点在しており、また、前記池上線石川台駅附近と同北方にも電報局等の事務所、アパート等の中高層の鉄筋コンクリート造の建物が点在している。

すなわち、本件土地のある商店街は、今次の戦争前から小商店が立ち並び始めたものの、戦災を免がれ、また商業地域に指定されているものの、東京都小売店舗地区条例第二条、別表によって、料理店、キャバレー、バー等の用途に供する建築物で風俗営業等取締法の適用を受けるもの、劇場、映画館等の用途に供する建築物、百貨店の用途に供する建築物等の建築が原則として禁止されているところの小売店舗地区に指定されており、その地理的位置、ことに商業市街地として発展する中心となるような施設が欠けているため、いまだ繁華な商店街を形成するに至っていない。したがって、申立人の建築計画も、一階を自用の店舗及び貸店舗とし、二階以上を共同住宅とするものであって、いまだ二階以上も店舗又は事務所等としての用途に供するほど商業地帯として成熟していないことを示している。なお、東京都内の道路交通事情から考えると、右商店街は交通量も多い方ではない。

また、右商店街は、準防火地域に指定されているけれども、附近の建物の規模、構造は、殆んど木造平家建或いは二階建であり、建築年度の比較的新しい建物は、東京都内の市街地の普通の建物にみられるように、外壁をモルタル塗にして防火構造としたものであって、いまだ耐火構造の建築物に移行するには至っていない。

(2) そこで、借地法第八条ノ二第一項により、建物の構造に関する借地条件を変更するための要件とされている事情の変更が認められるかどうかを検討する。

まず、本件土地附近は、前記賃貸借契約後準防火地域に指定されたが、これは前記法条に例示されている防火地域の指定には含まれない。建築基準法第六二条第一項によれば、地階を除く階数が四以上である建築物は耐火建築物とし、地階を除く階数が三である建築物は耐火建築物又は簡易耐火建築物としなければならない。しかし、同条第二項によれば階数が二以下である建築物(延べ面積の点で制限はあるが)は、外壁及び軒裏を鉄筋モルタル塗等の防火構造とすれば木造でも許されている。そこで、東京都内の準防火地域における防火を考慮した大部分の建築物は、右のような木造モルタル塗としたものである。したがって、準防火地域に指定されたことをもって、直ちに、前記の事情の変更があったものと認めるのは早計であり、さらに、附加された他の事情が必要であり、この点は、さらに後に述べる。

次に、申立人は、本件土地については、前記賃貸借契約後附近の土地の利用状況が変化したと主張する。前記法条に例示されている附近の土地の利用状況の変化とは、借地の附近の土地が堅固な建物を築造するのに相応しい地域となり、現実にも、その附近の土地に堅固な建物が立ち並ぶようになり、当該借地の利用としても、堅固な建物の敷地として利用するのが通常人の合理的な利用方法であると認められる状況になっていることをいうものと解される。ところが本件土地の附近の土地の利用状況は前記認定のとおりであり、堅固な建物は非常に少なく、堅固な建物の敷地として利用するのが通常の利用方法であると認められるような状況とはいえない。

それでは、前記認定の状況は、前記法条にいう「その他の事情の変更」に該当すると解されるであろうか。右の事情の変更とは、街路等の市街地としての施設その他の客観的情況が変化して、当該借地に堅固な建物を築造するのが相応しい状態となったこと、すなわち通常人であれば、当然、当該借地については堅固建物の所有を目的とする借地条件とし、それを堅固建物の敷地として利用するであろうと認められる情況になった場合をいうものと解される。反面からいえば、堅固でない建物の敷地としての利用を続けるのは不相当な又は合理的でない情況になった場合をいうものと解される。そして、借地法第三条は、契約をもって借地権を決定する場合において、建物の種類及び構造を定めないときは、借地権は堅固な建物以外の建物の所有を目的とするものとみなすと定めているので、この規定との関連から考えると、現在借地権を設定する場合において、建物の種類及び構造を定めないときでも、堅固でない建物所有とみなすのは不相当であるという情況にある場合ともいえよう。

これを本件土地についてみるに、本件土地附近は、前記の賃貸借契約後準防火地域、第四種容積地区、商業地域、小売店舗地区に指定され、しかも、本件土地の前面道路の幅員は八米であるので、申立人が計画しているような鉄筋コンクリート造五階建の建物の築造は可能である。しかし、これが右のような都市計画の施設の指定等の客観的事情の変更により、堅固な建物の築造が相応しくなり、かつ、これが通常の利用方法であると認められるようになったものかどうかはなお検討しなければならない。

すなわち、現在市街地において、通常築造される建築物の種類、規模、構造等から考えると、その土地が商業市街地として発展し、店舗、事務所、その他客の来集を目的とする旅館、料理店、映画館等の建築物を、高層又は中高層の規模のものとして築造するのが、その土地の通常の利用方法として合理的であり、建物の利用方法自体からもそれが要請される場合は、その土地が堅固な建物の築造に相応しくなったものということができよう。ところが、本件全資料によっても、本件土地附近が、前記賃貸借契約後に街路その他市街地としての施設等に格別の変更があった事実は認められず、商業地ではあるが依然として規模は小さく繁華な状況は窺われない。そして証人山崎武次の証言及び同人作成の「竹本ビル建設に対する意見書」と顕する書面、証人竹内繁の証言及び同人作成の鑑定評価書によれば、本件土地のある東雪谷附近の購買人口は、最近商店街として著しい発展を示している五反田、蒲田方面に流出する傾向にあるというのであって、右商店街は後方の住宅地と比較しても、市街地としての環境上も格段の差異は見当らない。したがって現在堅固な建物の築造が相応しいと直ちにいうことはできない。

右の点の検討については、借地契約の性質からいって、五年先或いは一〇先の土地の利用状況を考慮すべきであるという見解が考えられる。これが、単に人口の都市集中という現象から市街地が発展する趨勢にあるというだけでなく、附近の幹線道路その他の公共施設及び官公庁会社等の公益的施設の具体的計画等から、五年先或いは一〇年先には、附近の土地に堅固な建物が立ち並び、繁華街が形成されることが、現在、当然に予測される状況であれば、すでに、現在、堅固建物の築造を相当とする事情の変更があると認めることができるであろう。しかし、本件土地附近に堅固な建物が立ち並び、繁華街が形成されるであろうと認められるような過渡的現象或いは具体的要因は乏しく、本件土地附近の利用状況が近い将来に右のように変更するものとは考えられない。

なお申立人は、将来の「町造り」のために率先して堅固高層の建物を築造するのが望ましく、また、住宅難解消のためにもこれが望ましいと主張するところ、勿論、右のような都市改造ないし市街地開発という公共的な見地からその場所に応じた堅固高層の建物の出現が望ましいことは否定できないが、これは、行政的施策に俟つほかはなく、そのために、借地法第八条ノ二第一項によって強制的に借地条件を変更するのは、この裁判制度の趣旨を超えるものである。

以上に述べたように、本件土地については、現在借地権を設定する場合は、堅固な建物の所有を目的とするのを相当とするような事情の変更は認められない。

したがって、申立人の本件申立は理由がないので、棄却するのを相当と認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 福嶋登)

〈以下省略〉

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